東慶寺の紹介

東慶寺について

神奈川県鎌倉市山ノ内にある東慶寺は、縁切りのご利益にかけては日本随一の歴史を誇るお寺です。

縁切りの歴史でも少し触れたように、日本では明治6年の太政官布告が出されるまで妻からの離婚請求は認められていませんでした。夫からの離縁状がなければ離婚することは許されなかったのです。

そんな女性を救ってきたのが駆込み寺である東慶寺と満徳寺。

この2つのお寺に保護を求めることで、女性から夫に対して一方的に離婚を突きつけることができるようになったのです。

そんな経緯から今でも東慶寺には縁切り祈願に訪れる女性が大勢訪れます。

縁切り寺としての歴史

東慶寺は鎌倉時代の弘安8年(1285年)に、八代執権北条時宗とその妻である覚山尼(かくさんに)によって建立された尼寺ですが、縁切り寺として正式に認められたのは江戸時代であったとされています。

それまでは夫との離縁を望む妻を尼僧とすることで婚姻関係を解消させるということを非公式に行っていましたが、縁切寺法が制定されてからは群馬にあった満徳寺と鎌倉の東慶寺のみが正当な縁切り寺として幕府に認められたのです。

日本にたった2つしかない縁切り寺は全国から離縁を求める女性が集まり、江戸末期までの期間で約2000人の女性が東慶寺を訪れたそうです。